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秋田地方裁判所 昭和39年(レ)13号 判決

第一二号事件控訴人・第一三号事件控訴人・第一七号事件附帯被控訴人・第一八号事件附帯被控訴人 中泉松次

第一二号事件被控訴人・第一七号事件附帯控訴人 加賀谷悌次

第一三号事件被控訴人・第一八号事件附帯控訴人 中山ミネ

主文

一1原判決をつぎのとおり変更する。

2 控訴人(昭和三九年(レ)第一二、第一三号事件。同年(レ)第一七、第一八号事件附帯被控訴人。以下、「控訴人」という。)が被控訴人加賀谷悌次(昭和三九年(レ)第一二号事件。同年(レ)第一七号事件附帯控訴人。以下、「被控訴人加賀谷」という。)、同中山ミネ(昭和三九年(レ)第一三号事件。同年(レ)第一八号事件附帯控訴人。以下、「被控訴人中山」という。)のため、それぞれ金五〇、〇〇〇円宛を供託することを条件として、秋田簡易裁判所が昭和三八年一二月二一日同庁同年(ト)第三五号事件、同庁同年(ト)第三六号事件についてした各仮処分決定は左記変更の限度でこれを取消す。

3 控訴人の別紙目録記載の土地および建物に対する各占有を解いて、各被控訴人の委任する秋田地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は、控訴人の申出があるときは、控訴人、または、控訴人の指定する第三者(指定の第三者を他の第三者に変更する場合を含む。)に、控訴人の指定した範囲で、現状を変更しないことを条件として、右土地建物の使用を許さなければならない。

控訴人は、右執行吏の許可のある場合を除き、

右物件の占有を他に移転しまたは占有名義を変更してはならない。

執行吏は右命令の趣旨を公示するため、適当の方法をとらなければならない。

4 控訴人のその他の本件申立を却下する。

二 その他の本件各控訴、各附帯控訴はいずれもこれを棄却する。

三 訴訟費用は、第一審、第二審(本件各控訴、本件各附帯控訴とも)を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その一を被控訴人等の負担とする。

四 この判決は、第一項123につき、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人以下同じ)代理人は、「原判決を取消す。控訴人が被控訴人等のためそれぞれ相当の金員を供託することを条件として、秋田簡易裁判所がした主文第一項2記載の各仮処分決定を取消す。訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人等の負担とする。」旨の判決および仮執行の宣言を求め、各附帯控訴の棄却を求めた。

被控訴人等(附帯控訴人等以下同じ)訴訟代理人等は、控訴に対し、「本件控訴はいずれもこれを棄却する。」旨の判決を求め、附帯控訴として、「原判決を取消す。控訴人の本件申立を却下する。訴訟費用は、第一、第二審とも、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張、証拠は、つぎに述べるほか、原判決(秋田簡裁昭和三九年(サ)第一四、第一五号各事件)事実および証拠摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(但し、牴触する部分はつぎのとおり訂正する。)

三  控訴人代理人は、つぎの点を附加した。

(一)  被控訴人等の被保全権利である本件建物収去本件土地明渡請求権は金銭的補償によつてほぼ仮処分の目的を達しうるものである。ことに、明渡の前提となる占有関係についてみても、本件建物敷地は本件土地のうち極めて限局された一部で、現実問題として明渡が不可能となるような実状にはない。そして、本案訴訟で被控訴人等が勝訴した場合、その勝訴判決では明渡不能であつても、他の訴訟で本件建物の居住者を排除することは、多少の費用と手数はかかるとしても一挙手一投足の労にすぎない極めて容易なことであり、そのような金員の支出により満足されるものであるから、金銭的補償により仮処分の目的を達しうる関係にたつものである。

(二)  控訴人は主文第一項2記載の秋田簡裁の仮処分(以下「本件仮処分」という。)執行により、異常な損害を蒙つている。本件建物は合計金二、四〇〇、〇〇〇円を投資の上完成し、賃貸可能な状態であるのに、本件仮処分により第三者に賃貸できないため、本案訴訟の長期係争中に立腐れ、建具等の盗難、破壊、火災等により異常の損害を蒙る。しかるに、それを担保すべき本件仮処分保証金は低額にすぎる。

控訴人は所轄官庁に対し、本件建物の建築確認申請中であり未確認である。しかし、被控訴人等の、本件建物は未確認であるから適法な使用ができず、本件仮処分により生ずる損害も適法性を欠き、このような損害は法により保護するに値しないから、特別事情にあたらない旨の主張は行政法規を私法上の利益に優越させる議論で失当である。

これに対し、被控訴人等が本件仮処分取消により蒙る損害は、本件土地(被控訴人加賀谷所有土地の時価金五七四、〇〇〇円、被控訴人中山所有土地の時価金六〇〇、〇〇〇円)から生ずる収益の損失で僅少である。

(三)  よつて、控訴人は本件仮処分全部の取消を至当と主張するが、一歩を譲つても、執行吏の許可を得て本件建物を第三者に賃貸することができる旨、および、本件建物敷地利用範囲を建築基準法第五五条の趣旨に沿い定めるよう、その一部取消を求める。

四  被控訴人等代理人等は、つぎの点を附加した。

(一)  控訴人は、本件建物建築につき所轄官庁の確認を得ていないから、本件建物は不適法な建築物で、違法な建築の投資、その利用不能による損害の発生もまた法によつて保護するに値せず、(建築基準法第九条の除去措置、同法第九九条の制裁はそれを意味する。)、控訴人の主張するあらゆる損害は、特別事情にあたらない。また、本件仮処分保証金の低額なことは、本件では審理の対象とならない。

(二)  控訴人の本件申立は失当でこれと異る原判決は失当であり、本件控訴を棄却し、本件附帯控訴を認容して、原判決を取消した上控訴人の本件申立を却下すべきであり、訴訟費用も全部控訴人に負担させるぺきである。もし、本件仮処分中一部を取消すべきものとしても、原判決の程度に止めるべく、また、控訴人に使用を許すべき本件建物敷地の範囲も、仮処分制度と異なり防火等の考慮から定められた建築基準法第五五条を基礎とすべきものではなく、相隣権の規定にしたがい定めるべきである。

五  証拠〈省略〉

理由

一  被控訴人等が別紙目録記載本件土地各対応部分の所有権に基く明渡請求権を被保全権利として仮処分申請し、秋田簡易裁判所が本件仮処分決定し、被控訴人等が秋田地方裁判所執行吏に委任してその執行を了したことは、当事者間に争いがない。

二  第二審証人伊藤茂の証言から本件建物の写真であることが認められる甲第九号証の一から四、第一審(秋田簡裁昭和三八年(サ)第一四、第一五号)第二審証人伊藤茂、第一審(秋田簡裁昭和三八年(サ)第一四、第一五号)第二審控訴人本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が一応認められる。

(1)  被控訴人等は、控訴人から本件土地の明渡をうけた場合、それをどのように使用収益処分等するかについては、具体的計画を有していない。本件土地の時価は少くとも坪当り金二、〇〇〇円以上である。

(2)  控訴人は昭和三八年八月頃大工伊藤茂に対し、本件土地上に、近隣の工業高校職員宿舎に賃貸する目的で、本件建物の建築を請負わせて着工し、途中本件仮処分により中断したが、原判決で工事の続行が許されて再び進行し、昭和三九年二月頃一棟当り金五四〇、〇〇〇円、総額金二、一六〇、〇〇〇円を費して完成の上引渡をうけ、現在いつでも第三者に賃貸し収益をあげ得る状態にある。控訴人は現在所轄官庁に右建築確認申請中であるが、本件建物の使用が不可能となるような行政処分は受けていない。

本件建物は、比較的広大な本件土地上に建築され、附近には風雪をしのぐ塀その他の施設や植樹がなく、周囲は冬期を除き雑草が生い茂り、戸窓は閉じたまま空家となつており、管理が不十分なため、腐朽を早め、火災や、建具の盗難、損壊等をまねく虞れがある。

(3)  控訴人が本件建物を他に賃貸した場合、その賃借人は本件建物各棟の周囲の相当広範な本件土地部分を敷地として使用する必要がある。

右一応の認定に反する証拠はない。

三  前叙一のように、被控訴人等の本件仮処分被保全権利は本件土地所有権に基く明渡請求権(立入禁止、工作物設置禁止については妨害予防請求権、本件建物の執行吏保管、占有移転占有名義変更禁止については妨害排除請求権)であるが、右明渡請求権は、所有権、すなわち、被控訴人等が本件土地から地代をえたり売却したりする権利に限らず広範な総支配権を前提とし、それを確保する手段として行使しているものであつて、前叙二のように被控訴人等が明渡をえた後いかに利用するか、例えばこれを他に賃貸もしくは売却して金銭的収益を得ることを主たる目的とするか等特段の事情につき疏明のない本件では単に財産的権利であるとの一事を以てしては金銭的補償により仮処分の目的がほぼ達せられる場合には該当しないものというほかはない。

つぎに、控訴人は本件仮処分の被保全権利が金銭的補償可能である理由として、第一に、本件建物敷地は本件土地の極めて限局された一部で現実には明渡不可能となるような実状にはない点をあげるが、金銭的補償が可能か否かは法律上の明渡執行可能性を基準として判断すべく、事実上の明渡の難易を基準とすべきものではないから失当である。

第二に、本案訴訟で被控訴人等が勝訴した場合その勝訴判決では明渡不能でも次の訴訟で本件建物の居住者を排除することは多少の費用をかければよくその金員の支出により満足される点をあげるけれども、本件仮処分の被保全権利である本件土地明渡請求権は、前叙のように、本件土地所有権の円満な行使を確保する手段として主張されているものであつて、本件仮処分の目的もそこにあり、つぎの訴訟で費用をかければ明渡可能という事情があつても、それだけでは、右仮処分の目的は達成されないから、失当に帰する。

右説示のように、本件仮処分被保全権利は金銭的補償が可能とはいえないので、本件仮処分の目的を全く覆すような本件仮処分の全部の取消を求める控訴人の主張は理由がない。

四(1)  しかし、土地所有権に基く明渡請求権の執行保全の方法、程度は種々存在するのであり、その中から仮処分債権者が選択し裁判所が認容した方法程度によつては、仮処分債務者に異常の損害を蒙らせる場合には、その被保全権利である明渡請求権が金銭的に補償可能でないときにおいてもその執行保全の目的を全く害する結果を生じない限り、その限度において、特別の事情があるものというべく、その仮処分は一部取消を免れない。このような特別の事情が認められる場合、仮処分決定は、その執行保全の目的を達成させ、しかも、債務者に異常な損害を蒙らせない他の方法程度に変更(一部取消)するのが相当である。本件において、被控訴人等が申請したとおりの趣旨で本件仮処分が認容されたものであるが、前叙二疏明の事実によれば、本件仮処分によつて、債務者控訴人が蒙る損害は異常に大であるものというべく、この限度において、特別の事情があり、本件仮処分は一部取消を免れず、被控訴人等の本件土地明渡請求権の執行保全のためには、主文第一項3記載の仮処分をもつて必要かつ十分で、これによつて、控訴人の前叙の異常な損害の発生を防止することができる。被控訴人等は本件土地につき立入禁止の仮処分をしないと控訴人が再び建物を建てる虞れがあると主張するが、執行保全のためには、執行吏保管債務者または第三者使用許可等の現状維持仮処分をしておけば、その違反に対しては、後日直ちに、授権決定をえて排除できるから、法律上十分である。

(2)  被控訴人等は、本件建物が所轄官庁の建築確認を得ていない不適法な建築物で、違法な建築のための投資、その利用不能による損害の発生もまた法によつて保護するに値しないから、控訴人の主張する損害は、特別事情にあたらない旨主張する。前叙二(2) 疏明のとおり、控訴人は本件建物建築につき確認を得ておらず、不適法な建築であることは所論のとおりであるが、建築基準法第九条の規定により明らかなように、未確認建物についても、必ず、除去措置をとらなければならないものではなく、その建築が同法所定の他の要件を充足する場合には、制裁はともかくとして、追認的に確認をすることも可能であり、もし何らか同法所定の要件を具備しない部分があればその違反を是正するために必要な措置(除去のほか、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限等)をとることができる。本件では、前叙二(2) 疎明のとおり、控訴人は所轄官庁に対し本件建物の建築確認申請中で未確認であるが、所轄官庁からは除去措置など本件建物の使用を事実上不不可能ならしめる行政処分を受けていないのであるから、控訴人が将来本件建物を適法に使用する可能性は十分存在するばかりでなく、本件仮処分を除く関係では現在本件建物を事実上使用することは妨げない(但し、行政上の制裁は別論)。それ故、控訴人が本件建物建築のため投資したが利用不能となつたことの大半の原因は本件仮処分の執行にあるものというほかはない。それによつて損害を生ずる場合、その損害の大部分は本件仮処分執行に基因して生ずるものというべきである。それ故、被控訴人等のこの点についての主張も失当に帰する。

(3)  控訴人が第三者に本件建物を賃貸した場合その賃借人が使用すべき敷地範囲に関する当事者双方の主張はともに失当であり、控訴人の異常損害の発生を防止するには主文第一項3記載のように各建物とこれに対応する敷地全部を執行吏保管とし債務者である控訴人に使用を許した上、賃借人第三者については、控訴人が指定した者(更に変更する場合を含む)に控訴人が指定した範囲で、右土地建物につき、執行吏が使用を許可しなければならないものとするのが相当である。本件仮処分の保証金は被控訴人加賀谷金三〇、〇〇〇円、同中山金五〇、〇〇〇円であること当裁判所に顕著であり、右保証額は低額に過ぎ、到底、いわゆる断行の仮処分を含む本件仮処分が違法であつた場合の損害を担保し得るものではなく、この点も控訴人に異常損害(回復の困難性)を蒙らせる一事情となる。

五  本件仮処分を特別事情に基き主文第一項3記載の仮処分に変更(変更の限度で取消)するときは、その取消部分の仮処分に代る補償額は前叙二の疏明および各説示を総合すると、被控訴人等に対し各金五〇、〇〇〇円宛を以て相当と認められ、各原判決の保証額(被控訴人加賀谷に対し金一万円、同中山に対し金二万円)をもつてはこれを充すに十分でなく、この範囲において各附帯控訴は理由がある。

六  よつて、本件仮処分は控訴人が被控訴人等に対し、各金五〇、〇〇〇円宛を供託することを停止条件として、主文第一項記載のとおりの変更の限度でこれを取消すのが相当であり、右説示の範囲内で控訴人の特別事情による本件各申立は一部理由があり、その他の部分は失当として棄却を免れないところ、これと異なる趣旨に出た原判決は一部不当であるから変更することとし、本件各控訴、本件各附帯控訴はいずれも右説示の範囲内で一部理由があり、その他の部分は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本謁夫 高木積夫 菅原敏彦)

別紙 目録

(一) 被控訴人加賀谷の仮処分申請物件

(1)  秋田市飯島字長野二二番の二一

原野 九畝一七歩

(2)  同所地上

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅 二棟

建坪各 一三坪五合

のうち別紙図面(一)(A)(B)記載

建坪各 九坪五合

の部分(未登記建物)各建物の敷地範囲は図示のとおり。

(二) 被控訴人中山の仮処分申請物件

(1)  秋田市飯島字長野二二番の二五

原野 一反二畝二四歩

(実測 五畝歩)

(2)  右(1) の地上

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅 一棟

建坪 一三坪五合

のうち、別紙図面(二)(A)記載

建坪 五坪二合五勺

の部分(未登記建物)

(3)  秋田市飯島字長野二二番の二六

原野 五畝歩

(4)  右(3) の地上

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅 一棟

建坪 一三坪五合

のうち、別紙図面(二)(B)記載

建坪約 九坪六合二勺

の部分(未登記建物)

別紙図面(一)、別紙図面(二)〈省略〉

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